Venezia, Italy

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2014年5月15日木曜日

第3講 運動学(その3):講義では扱わない話題

変形勾配テンソルの極分解

実正則行列(実数を成分とし、逆を有する行列)は、直交行列と正値対称行列の積に分解できる。これを極分解という。

直交行列とは、任意の2つのベクトルa,b の内積を保存する行列のことで、


を満たす。これらから、直交行列は転置行列が逆行列になるような行列とも言える。


正値対称行列とは、任意のベクトルaに対して、


を満たす。さらに正値対称行列では、固有値がすべて正で、対応する固有ベクトルは互いに直交するという性質もある。つまり、固有ベクトルを並べて書いた行列と、固有値を対角項に配した行列の積の形で書ける(これをスペクトル分解という)。スペクトル分解できるので、応力やひずみには主値や主軸があることも分かる。(後に、主応力について勉強するところで少し取り扱う)


変形勾配テンソルも実正則行列であるので、極分解できる。極分解による直交行列や正値対称行列の力学的な意味を考えることは重要である。

結論から言えば、変形勾配は、ストレッチと回転の組み合わせとして表現できる。行列Rは剛体回転を表す直交行列、UやVはストレッチを表す正値対称行列である。変形の順序によって2通りの分解が可能であるが、剛体回転を表す直交行列Rは共通であることに注意する


グリーン・ラグランジュひずみの定義から明らかなように、

と書ける。

したがって、グリーン・ラグランジュひずみには、極分解した正値対称行列のみが現れていて、剛体回転の項がきちんとドロップしている事が分かる。

第2講 運動学(その2):ひずみ

前回は変形勾配について説明したので、それを用いて変形の測度(メジャー)であるひずみを定義してみよう。

2.4 一次元変形場におけるひずみ

一次元変形場とは、例えば紐の伸び変形等のように、一次元方向のみに変形が生じる場である。
ひずみとは、変形の度合いを表す測度(メジャー)である。一次元変形場では以下のように定義するのが自然であろう。元の長さを基準として、変形後の長さがどうなっているかを表す。元の長さを L_0, 変形後の長さをLとしたとき、伸び量(L - L_0)を元の長さで割った無次元量のことを「ひずみ」という。

議論の準備のため、これを少し式展開しておく。この形を頭にとどめておくこと。

2.5 三次元変形場におけるひずみ


先ほどの一次元場の考え方を三次元に拡張し、元の幾何情報を用いてひずみを定義する。得られるひずみは「Green-Lagrange(グリーン・ラグランジュひずみ)」と呼ばれる。このひずみの定義には、変位に関する非線形項が含まれる。このひずみに基づく変形の理論を有限変形理論という。

ある物質点Xの変形前の近傍dXを考える。この近傍dXが変形によってdxに変化することを考え、変形勾配テンソルでそれを具体的に表してみる。近傍dXの長さをL_0, 近傍dxの長さをLと考えると、長さの2乗の差は以下のように書ける。


ただしクロネッカーのデルタを用いている。

一方、元の長さの2乗は以下のとおりである。

一次元変形場のひずみとの類似性を見れば、以下の2階テンソル(行列)で表される量がひずみの測度(メジャー)として定義できる。これを「Green-Lagrange(グリーン・ラグランジュひずみ)」という。


2.6 変位を用いてひずみを表現する

グリーン・ラグランジュひずみを変位で表してみよう。ある物質点の変位とは、現在の位置(ベクトル)と元の位置ベクトル(基準配置における位置ベクトル)との差である。

これを変形勾配テンソルに代入すると、以下を得る。

したがって、グリーン・ラグランジュひずみは以下のように書ける。


2.7 ひずみの線形化、微小ひずみと微小変形理論

変位で書いたグリーン・ラグランジュひずみには、テンソル(行列)どうしの掛け算の部分があるため、ひずみは変位に比例しない(つまり非線形)。一方、この非線形項を省略したひずみの測度(メジャー)によって、「微小ひずみ」を用いることも多い。

微小ひずみを用いる変形の記述法を「微小変形理論」(⇔グリーン・ラグランジュひずみは有限変形理論という)とよび、このときはXとxを特に区別せず、ほぼ同一とみなして理論展開を行う。

重要なことは、このような線形化近似が有効でない場合、つまり適用限界を知っておくことだろう。
これを2つの例題で確かめておく。

例題7 X_3軸周り角度αだけ回転させる剛体回転運動について、グリーン・ラグランジュひずみと微小ひずみをそれぞれ計算せよ。また、両者を比較し、微小ひずみの適用限界について論じよ。

(解答例)運動は以下のように書ける。

したがって、変位勾配は以下のように計算できる。

これをひずみの定義に代入して、具体的に計算すれば良い。
微小ひずみテンソル(行列)は以下の通り。

これは、実際にはひずみの生じない剛体回転運動であるのに、線形化近似した誤差によってひずみが生じるように見えることを意味する。

一方、グリーン・ラグランジュひずみテンソル(行列)は

となり、たしかにひずみの発生しない剛体運動であることが分かる。

取り扱う運動に剛体回転がほとんど含まれていない場合は、微小ひずみ理論は良い近似を与えるが、剛体回転運動が含まれれば線形化に伴う誤差が出現する。(解答終わり)

例題8 X_1軸方向のみに伸びる運動(ストレッチ)について、グリーン・ラグランジュひずみと微小ひずみをそれぞれ計算せよ。また、両者を比較し、微小ひずみの適用限界について論じよ。

(解答例)運動は以下のように書ける。

したがって、変位勾配は以下のように計算できる。

これをひずみの定義に代入して、具体的に計算する。
微小ひずみテンソル(行列)は以下の通り。

グリーン・ラグランジュひずみテンソル(行列)は以下の通り。


両者を比較すると、変形自体が小さいとき、つまりβの値が小さいときには、微小ひずみ理論は良い近似を与えるが、変形が大きくなると非線形項の影響が無視できず誤差が出現する。(解答終わり)


第1講 運動学(その1):変位と変形の記述

§2.運動学

2.0 これだけは知っておきたい


変形勾配:ある物質点近傍の変形の様子
ひずみ:変形のメジャー
有限ひずみ:厳密な変形のメジャー、非線形なので計算が面倒
微小ひずみ:線形化近似、適用限界あり(大きな変形、剛体回転によって誤差)

以下、Lagrange(ラグランジュ)表示について学ぶ。これは時間に伴う物質点(Material point)の運動を追跡して記述する方法。簡単のため、3次元直交直線座標系(カルテシアン座標)を用いることにする。

2.1 位置ベクトルと運動


この式は、時刻t=0で位置ベクトルX_pの物質点が、時刻tに位置x_iを占めることを意味している。ここに下添字i, P は1,2,3(3次元なので)である。時刻によって物質点の位置ベクトルが変化することを運動という。

2.2 変位、速度、加速度

ある物質点について、時刻t=0における位置ベクトルと時刻tの位置ベクトルの差を変位u_iという。


ある物質点の速度v_iは変位の時間変化率として定義される。

ここでX_i(初期の物質点の位置ベクトル)は時間によらないため、X_i の時間変化率はゼロであることに注意せよ。

また、加速度a_i は速度の時間変化率である。


2.3 変形

変位と変形の違い。変位は物質点に運動に関する情報で分かるが、変形は物質点とその近傍の運動に関する情報を必要とする。

時刻 t = 0 において、物質点A(位置ベクトル X_p)とその近傍の点B(位置ベクトル X_p + dX_p )を考える。時刻 t における物質点A, Bの位置ベクトルは、テーラー展開を用いると以下のように表せる。

この式に現れる行列(あるいは2階のテンソル)を変形勾配テンソルといい、通常はF_{iP}で表す。


以下、いくつかの例題を示す。各例題について、どのような変形が生じているか、簡単な絵を描いてみるとよい。

例題1 並進運動に対して変形勾配テンソルを計算してみよ

(解答例) 並進運動を具体的に示す。

変形勾配の定義に従って変形勾配テンソルを計算する

単位行列になる。

例題2 x_3軸の周りにαだけ剛体回転するとき、変形勾配テンソルを計算してみよ

(解答例) まず剛体回転運動を具体的に式示する。

(回転角度の正負については、x_3軸の正の方向に対して右ねじを正とする)

したがって、定義より変形勾配テンソルは


例題3 各軸についてストレッチ(引き伸ばす)した変形を考えてみよう。この変形に対する変形勾配テンソルを計算してみよ

(解答例)このような変形は、以下のように書ける。


したがって、定義より変形勾配テンソルは以下のように計算できる。

ここでλは各軸に対して伸びの割合を表している。ゼロであれば伸び縮みせず、正であれば伸び、負であれば縮む。いくら縮んでも物体が無くなることはないので-1よりは大きな値となる。

例題4 単純せん断 (simple shear) 変形をうける物体の変形勾配テンソルを計算せよ

(解答例)単純せん断とはマッチ箱が歪むような変形なので、例えば以下のように書ける

したがって、定義より変形勾配テンソルは以下のように計算できる。


例題5 純せん断 (pure shear) 変形を受ける物体の変形勾配テンソルを計算せよ

(解答例)純せん断とは共役なせん断力を受けるときの変形で、例えば以下のように書ける。

したがって、変形勾配テンソルは


例題6 例題5で示した純せん断を、2つの異なる座標系で見てみよう。ダッシュのついている座標系 (X'_1など) は、ついていない座標系(X_1など)を、X_3軸周りに45度回転した座標系とする。

例題5で示した運動をダッシュのついている座標系で見れば、どのように見えるか考えてみよ。
(解答例)2つの座標系には以下の関係が成り立つ。

x'_1, x_1 などについても同様に成り立つ。
この逆関係は以下のように表せる。


これを例題5の「変形を表す式」に代入し、ダッシュのついた量の関係で表してみる。すると最終的に以下の関係を得る。

これは、ダッシュのついた座標系で見れば、同じ大きさの変形を、X'_1軸方向には引っ張り、X'_2軸方向には圧縮で与えたことを意味している。(絵に描いて確かめてみよ。) このことから分かるように、純せん断変形と2軸の伸び・縮み変形は全く同一の変形である。ただし座標系のとりかたが異なるので、見える成分の値は異なって見える。同様の事実は応力についても言える。


2014年5月8日木曜日

講義のねらい

§0.何のための講義か


学習目標は以下の4つ。前半の2つを小林の講義でカバーする

  • 連続体力学の基礎
  • 弾性学の応用
  • 浅い基礎の支持力と変形
  • 杭基礎の原位置試験

成績は、全ての目標について合格レベルをクリアすること。試験は2回。必要に応じてレポート課題を追加する。

§1.関連する科目や知識


  • 線形代数
    • ベクトル
    • 行列(テンソル)
    • 添字表記の規則
  • 連続体力学
    • 運動学
      • 変位と変形
      • ひずみ
        • 有限ひずみと微小ひずみ
    • 静力学
      • 力の釣合
        • コーシーの応力定理
      • 応力
      • 主応力
  • 線形弾性体
    • 応力〜ひずみ関係
    • 材料パラメータの定義と相互の関係
    • 弾性波の伝播